夢の終わりに

第 30 話


町はずれの湖はとても広大だが観光に適したものではなく、休日に釣り人がボートを出す。そんな寂れた場所だった。だからこそ、あいつらはここでルルーシュを殺害し、湖に沈めるという手段を選んだ。重石をつけて沈めてしまえば、腐った肉はやがて魚に捕食され、残るのは骨だけだ。
水はお世辞にも澄んでいるとは言い難く、視界が悪い。対岸にいるリヴァルとの距離から、ルルーシュの死体が遺棄された場所にあたりをつけ、深く深く潜っていく。思った以上に水深があり、このあたりは更に視界が効かなかった。これは湖の底に堆積していた土砂が俟ったせいだろう。つまり、ルルーシュが沈んだことで視界が濁ったのだ。
より視界の悪い場所を選び沈んでいくと、濁った水の合間にまるで海藻のように黒くゆらゆらと波打つモノが見えた。それはルルーシュに着せていたあの大きなコートで、ルルーシュはここにいるぞと僕に教えるかのよう大きく広がりゆらゆらと揺れていた。
その中心にいたルルーシュの胸にはナイフが付きたてられたままになっていた。水が濁っていた原因の一つは彼の血液だ。命が失われ白くなった肌と、水に揺らめく錦糸のような黒髪、そしてゆらゆらと揺れるその姿は、澄んだ水の中で見たなら幻想的に思えたかもしれない。そっとその頬に触れてみるが、間違いなく死んでいた。腰部分には重石につながるロープが巻かれていて、浮かびあがろうとする体をそれが押しとどめていた。鎖のようなものでなかったことに安堵し、ナイフでロープを切断後水面に出た。
ルルーシュを抱えて泳ぎ、岸につくとリヴァルが駆け寄ってきたがその表情は今まで見た事がないほど複雑なもので、ルルーシュの死に対する悲しみと怒りと絶望と、僕に対する不信感と恐怖がごちゃ混ぜになっていた。
僕は自分の荷物からタオルを取り出し体を拭くと、手早く着替え、放置したままだったボートと、ルルーシュを殺した男たちの死体の処理をした。・・・あ、ルルーシュの荷物発見。お金になるから持ち帰るつもりだったんだなとほっとした。着替えさせないと運ぶのも大変だもんねと考えていると、リヴァルが僕の後をついて来ていた。

「なあ、聞いてもいいか」
「何?僕に答えられる事?」
「・・・お前は、」

リヴァルが意を決して口にした言葉に、ああ、僕の勘は当たっていたのかと思わず笑った。




俺の名は、リヴァル・カルデモンド。
百年以上生きている不老不死者で、今はリヴァル・カルディコットと名乗っている。あと2.3年はこの名を使う予定だ。
俺自身は一応消息不明、失踪って事で不死になって数年後には鬼籍に入っている。だから、リヴァル・カルデモンドである事を捨てたあの日以降、俺はこの名前を名乗っていない。つまり百年以上、リヴァル・カルデモンドと名乗っていないのだ。
俺を見て、この名を呼ぶのは俺を知っている人物、という事になる。
まだ人間だった頃の俺をだ。
それなのに、あいつは言ったんだ。

「君はリヴァル・カルデモンド、だよね?」

探るような目と言葉に、全身の毛が逆立ち目眩まで起きた。
ありえない、ありえないんだ。
俺のフルネームを知ってるなんて、あり得ないんだ。
どうして知っているのかという俺の問いなど無視してスザクはルルーシュの引き上げに行ってしまった。残された俺は、この広い湖を競泳選手か?と思うようなスピードで泳ぎ豆粒大になったスザクを見ながら、今耳にした言葉の意味を考えていた。それ以外考えられなかった。

「なんで、あいつ、俺の名前・・・え?嘘だろ?あり得ないだろう!?はぁ!?ないないないない!」

俺の意思とは関係なく、この口は驚きの声をあげ続けていた。つまりそのぐらい俺は動揺していたわけだ。俺の記録など何度も言うが残っていない。百年以上前に失踪した一市民の記録としては残っているが、関係者以外の記憶には残らない程度の情報だ。
少なくても今の時代に生きてる人間に、リヴァル・カルディコットとリヴァル・カルデモンドをつなげる事は不可能だ。
悪逆皇帝の悪友ではあったが、悪逆皇帝とその家臣の写真や資料でさえ今は閲覧することさえ禁止され、合衆国ブリタニアの門外不出の資料としてだけ存在しているから、悪友の情報など残っているはずもない。
ネットで拡散されたあいつらの画像でさえ、超合集国の介入で全て消去され、興味本位で画像をアップなどしたら即逮捕、写真の類も所持しているだけで逮捕という事態にまで一時なったものだ。
その原因はルルーシュとスザクを狂信的カルト集団が崇め奉り、「平和を破壊し世界に混沌を!ルルーシュ陛下悲願であった世界征服を我々が成し遂げるのだ!オールハイルルルーシュ!」と叫びながらテロ活動をした結果、あの二人のカリスマ性は死後も残り人を狂わせると、超合衆国が判断したのだ。
だからつまり、有名人の悪友という理由では俺の名前は引っ張れない。
では、何故スザクは俺を知っているんだ?
水面に浮かんできたスザクはルルーシュを見つけたらしい。黒い服の人物がここからでも見えた。
そこまで考えて、俺はようやく、一つの回答にたどり着いた。
岸に上がったスザクはてきぱきと行動し、放置していた犯人の遺体がもつ銃で船底に穴を開けてからボートを動かした。操る人のいないボートは、エンジン音をあげながらゆっくりと離れていく。

「なあ、聞いてもいいか」
「何?僕に答えられる事?」

遺体の処理が終わったら今度はルルーシュだと、スザクは足早に移動を始めたので、俺は意を決して口にした。

「・・・お前は、枢木スザクか?」

スザクはピタリと足を止めた。

「俺の友達だった、あのスザクなのか?」

初めて会った時から、似過ぎるぐらい似ているとは思っていた。だが、不老不死のコードを持つ俺とは違いスザクは人間で、しかもあいつは暗殺された。二代目のゼロとして英雄として生きていたあいつは、とっくに死んでいるのだ。
20代で、その命を落とした。
そう、大体今のこいつぐらいの年齢でだ。
振り返ったスザクの表情はよく解らなかった。
なんかあれだ、C.C.に似ている。
彼女の表情も感情が読めずよく解らなかった。

「そっか、やっぱりリヴァルだったんだ。でも、どうして不老不死に?」

あっさりと、感情らしきものが感じられない口調で言われてしまった。

「おいおいおい、お前もうちょっと驚けよ!?ってか、お前こそどうして!?確か暗殺されたんだよな??」
「うん、暗殺された。その後生き返って、不老不死になってた事を知ったんだ」

スザクはさっさと歩きだすとルルーシュの傍に膝を着き、胸に刺さったナイフを引き抜く。既に血は止まっているらしく吹き出してくる事は無かった。水を大量に吸い込んだ服をどうにか脱がせ、着替えさせる。

「知ったって、継承じゃないのかよ!?どうやって不老不死になったんだお前?」
「どうしてかは知らないけど。でも多分あれかなって思ってる事はあるんだ」
「あれってなんだ?」
「ルルーシュを殺した時にね、言われたんだ」

ルルーシュを殺した時。
悪逆皇帝がゼロに刺殺されたあの日の事だろう。

「人としての生を捨て英雄として生きろ、永遠に・・・って」
「それって・・・」

人ではなく不老不死となり、永遠に生きろという言葉にも聞こえる。

「呪いだよ、ルルーシュの。いや、これは願いかな?ギアスと言う名の願いを聞き入れた神様が僕にコードを与えたのかもしれない」
「コード!?やっぱりコードなのか!?」

俺の不老不死はコードだが、スザクもコードだったとは。まてよ、コードって結構簡単に手に入るものなのか?俺が知らないだけで、仲間があちこちに至りするのか!?

「リヴァルこそどうして不老不死に?コードなのは蘇生の時に解ったけど」

コードを使うと、文様が赤く光る。
だから俺が死んだときに、普段は隠れている文様が見えたのだろう。
ちなみに俺のは後頭部にある。普段は髪の下だから、こういう事でもない限り人目に触れる事は無い。

「俺は、C.C.から貰ったんだ」

着替えの終わったルルーシュの遺体を抱えたスザクが歩き出したので、俺も慌てて後についていく。自分の分だけではなくルルーシュの荷物も持っているため、少し駆けただけで息が上がった。

「・・・C.C.?彼女からギアスを?」
「ああ。やっぱり知ってるんだな、C.C.の事」
「それなりにね。そうか、彼女はやっぱりもういないんだな」

生きていればどこかで会う可能性もあっただろう。知り合いなら会える確率も上がるかもしれない。だが、残念ながら彼女の葬式はとうの昔に済ませている。だから会う事は無いのだ。

「・・・呪いから解放されて眠ってる」

晩年の彼女は幸せそうだった。
笑って死ね。
ルルーシュにそう言われたから、笑って死ねる人生を送るのだと言っていたが、彼女の死に顔はとても穏やかで、ああ、笑って死ねたんだなと、俺はその時ちょっとだけ泣いた。

「そっか、よかった」
「・・・って、待て待てスザク、お前どこに向かってんだ!?」

話に夢中になってて気付かなかったが、スザクについて出た先は大通りで、どう見ても死体を背負って歩くべき場所じゃなかった。

「何処って宿探さなきゃ」
「は!?おまえ、ちょっとまて!いいかスザク、長く生きたことで色々感覚がおかしくなってるかもしれないが、遺体抱えて宿とか無理だし、へたすりゃ俺らがルルーシュ殺したことになるんだぞ!?」

俺達と違ってルルーシュは人間なんだからな!ルルーシュの死に顔をよく見ろ、馬鹿!と俺がまくしたてると、途端にスザクは捨てられた犬のような顔になった。今までほぼ無表情だったのに、突然表情豊かになるのやめてくれ、悪いことしたみたいじゃないか。罪悪感で潰れちゃうだろ俺が。

「・・・ねえリヴァル。生まれ変わりって本当にあるのかな?」
「は?」
「僕はね、君と会った時に、リヴァルの生まれ変わりだって思ったんだ。ルルーシュもね」
「まあ、そうだろうな。俺もそう思ったしさ」

あれから百年以上たってるんだから、目の前にいる若者がまさか本人だとは思わないだろ。

「でも、君は生まれ変わりじゃなかったよね。そして僕も。だからさ、人間は死んだら最後、生まれ変わることはないってと思うんだ」
「お前、何が言いたいんだ?」
「人は死んで神に取り込まれたら、今までの記憶も経験も感情も全部消えて、あの中に溶け込んでまっさらな状態になる。だから、過去と同じ姿になる事も、同じような言動をしたりする事も無いんじゃないかな」

こいつが言いたい事は解った。
だが、と俺は思う。

「ルルーシュが死んでからもう2時間は経ってるだろ?流石にそれは無いんじゃないか?」
「二度ある事は三度あるって言うだろ?それに、生き返る時間で言うならリヴァルも結構かかるよね?」
「いや、俺は数分だで起きるぞ?」

多分2.3分で蘇生する。まあ、その後起き上がるまでに結構かかるが、全部合わせても10分程度だろう。あ、連続で死んだのはさっきが初めてだったから、さらに時間がかかることは知らなかった。それでも5分とかからず意識が戻ったはずだ。

「僕なら瞬時だよ?」
「は?」
「もし撃たれて死んでも、倒れてる間に蘇生してるし、死ぬって事前に解ってたら、死んだ瞬間に蘇生するから、倒れる事も無いよ」
「早すぎるだろそれ!?」

つまりだ。銃弾を何発撃ち込もうと、どれだけ刺そうとスザクは倒れないのだ。その時その時でちゃんと死んでいるが、即蘇生しているから倒れないどころか傷も速攻で癒える。まさに映画に出てくる不死のゾンビそのものだ。そんな場面を目にしたら、不老不死の俺でもトラウマになって眠れなくなりそうだ。

「だからさ、蘇生には個人差があるんじゃないかな?体力によって早さが変わるとか」
「あ」

思わず声をあげてからルルーシュの顔を見た。言うと怒るから言えないが、こいつの体力は女子並み・・・いや、女子の平均より低い可能性がある。逆にスザクは化物じみた体力だ。
可能性は、あるのか?
ひとまず俺はスザクに路地裏で待つよう言い、自分の荷物だけ抱えて宿を探し始めた。

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